周辺散策|石見銀山・温泉津温泉 旅館のがわや

周辺散策

石見銀山

石見銀山は、鎌倉時代末期の延慶2年(1309)、大内氏により発見されたという伝承があります。本格的な開発は大永6年(1526)神屋寿禎によって始められ、その後16世紀中頃から17世紀にかけて最盛期を迎えました。
銀の産出が減ったあと近代には銅山として稼働しましたが、1923年(大正12)に閉山となりました。
その後、大規模な採掘や開発が行なわれなかったため、16世紀から20世紀初頭にかけての多くの遺跡がきわめて良い状態で保存されています。
遺跡の一部は日本を代表する鉱山遺跡として1969年(昭和44)に国指定史跡となりました。

-龍源寺間歩-

世界的にも貴重な遺産と評価の高い石見銀山は平成19年7月に世界遺産に登録され、600を超える間歩が今は大自然と化した400万㎡もの広大な場所の下に眠り、今でもほとんどの部分が未調査となっています。
ここ龍源寺間歩は銀山坑道の中でも唯一公開されている坑道です。
シルバーラッシュとして全盛期を迎えたそのころの片鱗がただ少し顔を見せているだけのこの遺跡に、 世界の専門家が注目しています。
広大な山の下に張り巡らされた間歩の正体、そこに生きてきた人々の軌跡、その石見銀山とともに歴史を積んできた周囲の街や港に思いを馳せてみませんか?

沖泊・石切場跡

沖泊(おきどまり)は、石見銀山の銀の積み出しで栄えた港。入り江が深く水深も深いため、港としては好条件の天然港だったそうです。運搬を行う船を係留する目的で、手掘りで掘られた「鼻ぐり岩」など、今でも当時の面影が残っています。

福光石切場

http://www.ginzan-wm.jp/spot/1715
島根県一の切り出し量を誇る石山で、巨大な採掘洞窟は圧巻。
石見銀山の五百羅漢座像などの石仏や墓石には、この福光石が用いられています。
戦国時代後期以降、福光地区一帯から切り出された福光石は、石見銀山の人々の暮らしを大きく支えてきました。
今でも操業が続けられており、事前に予約をすることで、見学ツアーに参加することも出来ます。

愛宕神社

温泉津温泉街の裏の小高い丘の上にある神社。
高台からは温泉街と港を見渡すことができる撮影スポット。軽いお散歩にオススメです。
緑いっぱいの尾根が続き、森林浴が味わえます。

やきものの里

かつて石見銀山で産出された銀の積出港だった港町・島根県温泉津(ゆのつ)は、やきものの生産地としても栄えていました。
その名残を残す巨大な二基の登り窯と温泉津焼にふれることができるのがやきものの里。やきもの館では温泉津焼の貴重な資料を展示、一日でできる陶芸体験や、地元窯元の作品の展示販売も行っています。

白砂

銀の産出で一時代を築いた石見銀山。
実は現代では、白砂の採掘が盛んに行われています。
砂山から非常に質の高い砂が獲れ、ガラスの材料となっています。
獲れた砂はここ温泉津から舞鶴へと運ばれ、精錬され、ガラスとなり、京都などの建物に使用されているのです。